こんばんは。
なんだか意味ありげなタイトルになってしまいました。
ここ最近、両親や知人と話す機会が多く、職業柄もあってよく考えます。
「何について」考えるのかを言葉にするのは難しいですが、よく考えます。
午前中は訪問治療をしています。
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http://ru-h.jimdo.com/
高齢者住宅や老人ホームにも伺います。
そのような施設には当然多くの高齢者がいます。
そしてその多くの高齢者を二つに分けると。(不適切な表現がありましたらご容赦ください)
癒されているか癒されていないか。です。
例えば、自分の世話は全くできないが穏やかに家族と会話をし、介護職員たちともいい関係が持てる人。
例えば、自分の世話は全てできるがいつも家族と口論し、介護職員たちとも関係が持てず孤独な人。
どちらが癒されているか。
どちらのようになりたいか。
どちらの例えも、努力した結果かもしれないし好きなように生きてきた結果かもしれない。
結果がどうあろうと僕は努力したい。
何を?
家族関係を癒す、あるいは家族同士理解しあう、という努力。
結局最後まで持っていくのは家族問題だと思っています。
今ある家族の問題は努力しない限り解決しません。
問題があってもなるべく触れないように見ないように波風立てないように、うまいこと老後までは避けられるかもしれない。
あるいはそうすることによって、いつかなんとかなると思っているかもしれない。
しかし必ず出てくるのです。
死の間際に、あるいは身体の自由が利かなくなったときに。
そのとき多くの人は自分の今ある苦しみで精一杯です。
以前より続く家族の問題に向き合う余裕はありません。
そのとき多くの人は例えの後者になるのではないでしょうか。
今ある問題、今はいくらでも誤魔化せるのです。
買い物や旅行をしたり、お酒を飲んだりギャンブルをしたり、不倫をしたり仕事に没頭したり。
いくらでも逃げ道はあります。
今は。
命の時間は限られています、身体の自由が利く時間も限られています。
永遠ではありません。
これは誰もが理解できることだと思います。
これを理解したうえでどちらを選択するかは自分です。
未来は自分で選択した未来しかありません。
冒頭の「何について」考えるのか。
今は言葉にできます。
どういう生き方をしたいのか。
ということです。
鍼灸を通じてこんな話も共有できればと思います。
長くなりましたが読んでいただきありがとうございました。
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